民放のフィギュアスケートの番組の冒頭でよく使われている曲です。
この競技を代表すると言ってもいい曲です。
スケーターたちのその曲での演技は、栄光と挫折とともにファンの記憶に深く刻まれております。
猫の名づけで何となくわかってらっしゃる方もいるでしょうが、私はフィギュアスケートのファンです。
話を始めたら、伊藤みどりさんがトリプルアクセルを決めて銀メダルを獲得した1992年のアルベールビル五輪までさかのぼれます。
今回は「ボレロ」という曲にちなんだ話をいたしましょう。
伝説となった演技
「ボレロ」がフィギュアスケートを象徴する曲の一つとなったきっかけは1984年のサラエボ五輪までさかのぼります。
当時の採点方法は各国の審判が6.0満点方式で、技術展と芸術点をだしていくやり方でした。
そしてアイスダンスのイギリス代表のトービル・ディーン組は「ボレロ」の演技で全審判が芸術点「6.0」を出したのです。
私がその演技を初めて目にしたのは、10年後の1994年のことです。
一度プロになった選手も出場をゆるされたリレハンメル五輪。
トービルディーン組は銅メダルを獲得し、エキシビションにて「伝説」の演技を披露したのです👇
使いたいけど使いづらい「ボレロ」
日本選手の場合
このようないきさつから「ボレロ」という曲を演技で使うとなるとけっこうな覚悟がいる、少なくとも日本人選手はそう感じている人が多いのではないかな?
北京五輪で銅メダルを獲得した宇野昌磨の今シーズンのフリーの曲は「ボレロ」です。
また、安藤美姫は子供の時にこの曲を使いたい、と、言ったら、あなたにはまだ早い、と、周囲に人に言われたとか。
セビリヤのとある酒場。一人の踊り子が、舞台で足慣らしをしている。やがて興が乗ってきて、振りが大きくなってくる。最初はそっぽを向いていた客たちも、次第に踊りに目を向け、最後には一緒に踊り出す。
「ボレロ」には以下のストーリーがあります。
世界女王になり20代になった安藤美姫は、アイスショーやエキシビションなどで、踊り子になり切った演技を披露していました。
ロシア選手の場合
天才と呼ばれる素質を持った選手が多く存在するロシアでは、日本選手とは対称的に、若いころに果敢にボレロの曲を使う選手がいますね。
「皇帝」と呼ばれたエフゲニー・プルシェンコがそうですし、ドーピング問題の渦中にいたカミラ・ワリエワのフリーの曲もそうでした。
落差が激しすぎて胸が痛いです。
選手の使い捨てはもうやめて
ドーピング問題に関しては、頭の中名探偵コナン状態になっていろいろ推測してしまいますが、その言及はひかえましょう。
ただプルシェンコが活躍していた時代、ロシアにはマリア・ブチルスカヤやイリナ・スルツカヤなど20代半ばまで活躍した世界女王が存在しました。
スルツカヤが引退してしばらく、ロシアは女子の有力選手がいなかったのですが、2018年の平昌五輪でアリーナ・ザギトワが優勝し、これからまたロシアの女子の演技が堪能できる、と、期待したのですが数年後あっさり引退。
(贈られた秋田犬のマサルどうしてる?)
それからも何人か女子シングルでロシアの選手が優勝してはすぐ姿を消して、もう覚えるのがしんどくなったのでいいやって気持ちのままオリンピックシーズン。
その状態の時に目にしたのがワリエワの異次元の演技だったのですね。
その演技にドーピングが絡んでいたのかどうかはわかりません。
ただザギトワにしても、他の少女にしても、ワリエワにしてもトップでなくても成長に伴って変わってゆく演技も見たいのですけどね、
フィギュアファンとしては。
スルツカヤはライバルの米国のクワンとの戦い。
出場したいくつかのオリンピックの戦い。
何度も苦汁をなめてそれでも現役トップスケーターとしてロシアの女子フィギュアをけん引してきたのですよ。
あくまでブログ主の感覚ですが、あの頃の方がロシアは選手を大事にしていたような気がする、ドーピングのみならず練習による少女たちの健康被害の話も耳にしています。
素晴らしい資質とバレエの伝統などに裏打ちされた、ロシア選手の素晴らしい演技と成長を、また見せてもらえる日が来ることを願ってやみません。
こちらは別ブログのワリエワの記事です。
よろしければ<(_ _)>。
☆本日の癒し~猫のマオさん~☆
猫のマオさんはいつもどおり(。・ω・。)ノ♡。
それではまた(^^♪。
今週のお題「冬のスポーツ」